永夜の星、混沌の花
人里の一角にて。最近になって建立されたにしては歴史と風格を感じさせる寺院が、広場にぽつんと建っている。
本堂の大きさは平均的だが敷地面積はかなりのものである。その特殊な造りには理由があるのだが、それはまた別の機会に語ることとなるだろう。
そんな広い境内を、数名の人影が行き来していた。それぞれが思い思いの格好をし、箒と一緒に朝のお勤め中である。
そんな中でも一際楽しそうに箒を動かす、獣の垂れ耳を頭に生やした少女が居た。
箒でゴミを集めながら、鼻歌を歌う様に何事かを口ずさんでいる。
「まかはんにゃーはーらーみーたーしー」
何故か、念仏だが。
「朝から精が出るわね」
「あ、おはよーございます!」
そんな少女に、一人の妖怪が声を掛けた。
僧兵の様に紫の頭巾を被り白い法衣に身を包んだ、落ち着いた外見の女性である。
「今日は姐さんは外出予定は無いから、また手が空いたら読経を聞きに来ると良いわ」
「はい! ありがとうございます!」
元気に一礼する少女に笑顔で返し、守り守られし大輪、雲居一輪は寺の本殿へと向かっていった。
一輪を見送り、少女――読経するヤマビコ、幽谷響子は箒を構えた。
「かんじーざいぼー」
気分良く続きをそらんじ始めて暫くした所で、背後に気配を感じ振り返る。
「あ、おはよーござ――!!」
そして、硬直した。
「はい、おはようございます」
背後に現れた存在は、柔らかく笑みを浮かべて返してくる。
大きな花を彷彿とさせる純白の日傘を差し、赤黒チェックのスカートとベスト。そして肩の上辺りで揺れる、少し癖っ毛混じりな緑の髪。
赤い瞳は、今は優しく笑みの形に閉じられている。
響子も、彼女の容貌は聞き及んでいた。そしてそれ以上に、彼女の行いも。
「貴女、山彦だそうね。弾幕も反射できるって言うのは本当なのかしら」
もはや語るまでもない。四季のフラワーマスター、風見幽香その人である。
「だっ、弾幕を反射も出来ます、よ?」
変にひきつった返答に、幽香は楽しそうに瞳を細めた。
「へぇ……。今度機会があれば見せて欲しいものね」
どこか上機嫌で踵を返し、寺の入り口へと方向を定める幽香。
「あ、ほ、本日はどう言ったご用件ですか」
思い出した様に問う響子に、幽香は首だけ振り返って返した。
「野暮用なのですけれど」
射殺す様な、鋭い笑みを乗せて。
「聖に用事があって、ね」
ここは人間の郷の一角にある寺子屋。
今日も今日とて人里の守護者、上白沢慧音が教鞭を振るっていた。
慧音が黒板の前で伝えている内容を、真剣に聞いたり書き取ったり居眠りしたり。思い思いの方法で子供達が過ごしている。
「……以上だ。今日はここまで」
慧音の声に合わせて、教室からわっと歓声が上がる。
「せんせーさよーならー」
「川まで行こうぜ」
「今日は畑の手伝いあるんだけど」
「新しく出来た甘味処行ってみない?」
一気にお祭りの様な盛り上がりを見せる子供達を、慧音は微笑ましげな笑みで送り出した。
「あまり騒ぐなよ。寄り道せず帰るんだぞ」
最後の一人が帰るのを待って、ほっと一息つく慧音。
ふと、教室の入り口がノックされてそちらを向いた。
「ご機嫌よう、先生」
「貴女は……」
入り口に立つ存在に少なからず驚きの表情を見せた後、緊張を表情に浮かべた。
訪問者である幽香は、軽く苦笑して続ける。
「先生に相談があって顔を出したの。そんなに緊張しないで下さいな」
「……伺いましょう」
手で近くの椅子を示し、自分も向かい合う形で座る。
「貴女の耳にも入っていると思うけれど――」
|