風嵐の神、天地の花
序
季節は秋。今年は酷暑に見舞われたここ幻想郷も、漸く過ごしやすい気候になってきた頃。
楽園の素敵な巫女、博麗霊夢は、箒を片手に昼過ぎの境内を掃除していた。
「秋ねぇ……」
舞い落ちる紅葉を気にする風でもなく、適当に箒を動かしているだけの様にも見えたが。
「こんにちは、霊夢」
背後から聞こえた声に、霊夢の笑顔がひきつる。
「すっかり秋ね。紅葉達が元気そうで何よりだわ」
背後を振り返ると、いつもと変わる事のない笑顔がそこに在った。
その笑顔を眺めやりながら、霊夢が面倒そうに口を開いた。
「今回は何しに来たのよ、幽香」
表情にも言葉にも『面倒だから来るな』と書かれている。
そんな反応に気を悪くするでもなく、四季のフラワーマスター、風見幽香は縁側に腰掛ける。
「すっかり秋の気配が強くなって、金木犀たちも元気そうよ」
「はいはい」
行動と視線での催促に、霊夢は一度室内に上がった。
程無くして、盆に二人分のお茶を煎れて帰ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
笑顔で受け取り、ゆっくりとすする。
霊夢も、掃除は投げ出したのか幽香の隣に腰を下ろす。
「……」
「……」
暫く無言の時間が流れたが、静かに霊夢が口を動かした。
「……で、真意は?」
「暇なの。相手して下さらないかしら」
当然の様に返された内容に、霊夢は大きく溜め息を吐いた。
「何であんたの暇つぶしに、わざわざ私が付き合ってやんないといけないのよ。めんどい」
「あーん、霊夢ちゃんの意地悪」
「気持ち悪いわ!」
至近距離から投げ付けた退魔針を、しかし幽香は傘で平然と打ち落とした。
「相手、してくれるのかしら?」
ゆらり、そんな言葉が当てはまる様な動きで立ち上がると、霊夢は構えることもなく手であしらった。
「これ以上、境内で暴れるな。
そんなに欲求不満なら妖怪の山でも行ってきたら?」
「妖怪の……」
しばし考えていた幽香だったが、やがて手を打ち合わせた。
「そうね。神様相手に遊べるなんて貴重な経験ね」
神様と聞いて、霊夢は更に嫌そうな表情になった。
「あんたが暴れるのは勝手だけど、程々にしておかないと紫とか閻魔とかが五月蝿いわよ」
「そんなもの」
優雅に傘を広げながら、微笑んでみせる。
「まとめて返り討ちにして差し上げますわ」
これ以上無い程の満面の笑みを浮かべ、幽香が歩き出した。
一
妖怪の山。人里からは歩いて来れる距離にあるにも関わらず、殆どと言って良い程、人間の姿は見かけない。
それもその筈。この山は、その名の示すとおり妖怪達のテリトリーなのだ。
しかし、これでも以前よりは、人間の数は増える傾向にあるのだ。
それも偏に、山頂に建立された神社と、そこに住まう三柱の神々のお陰である。
僅かながら、神社へと通じる山道は踏み固められ、山の妖怪達が参拝者を襲うこと無い様随所に護符が配置されている。
そんな山道を歩く姿が一人。日傘を左手にぶら下げ、紅葉舞う秋空を見渡しながら進んでいる。
ふと、何を思ったか。彼女は参道から逸れて獣道へと歩を進めた。
「こらこら、道から外れたら怖い妖怪に取って喰われちゃうぞー」
唐突に後ろから聞こえた声に、驚く風でもなく優雅に振り返る。
「──って、風見の幽香さんじゃない。こんちはー」
声の主は相手が誰かを悟り、笑みを浮かべて続けた。
幽香も笑みを浮かべ返答する。
「ええ。こんにちは、芋神様」
「芋神ちがう! 豊穣の神!」
「どっちでも変わりないじゃない」
「ちっがーう!」
反応が気に入ったのか、幽香はクスクスと笑い出した。
「はぁ……。で、山に何のご用?」
「ええ。ちょっとね……」
質問に、冷たい笑みを浮かべる。豊穣の神、秋穣子は、その笑みを受けてたじろいだように身を退いた。
「新しく来た神様、って人に、まだ挨拶を済ませていなかったから……ね?」