想いの軌跡と望みの果て

 一人の幼い少女が、静かに眼下に広がる景色を見つめている。
 手には籠。山菜を摘みにきた帰りであった。
 視線の先には、人の姿。何かの祭りなのか、楽しげに、真剣に、動き回っている。
 少女は相好を崩した。楽しそうな気配を視るのも、彼女は嫌いではなかった。
「古明地の」
 背後から声がして、少女は表情を消して振り返る。
「長様」
「危なかろう。人や妖に見つかると事だぞ」
「大丈夫です。この辺りには気配はありません――彼らを除けば」
 長は少女の見ていた先に視線を移し、軽く頷いた。
「人の祭りか。奴らも増えたの」
「ええ。楽しそうで、つい」
「うむ。だが、主に何かあっては、主の両親に申し訳が立たぬ。戻ろうぞ」
「はい」
 少女は頷く。少女の両親はとうに亡くなっていた。他の妖に集落が襲われた際、少女の目の前で命を落とした。
 気絶していた妹が、その様子を見なかったのはせめてもの幸いと言うべき事だった。断末魔も、その後起こった何もかも。少女は全て見聞きした。当事者にすらなった。
 それでも、少女は凛としてそこにあった。
「気になるのか?」
 さっきの祭りが、という声にはしなかった部分に頷いて、少女も返す。
「木をくりぬいて流しているようでした。不思議なものと思いまして」
「空舟かな。いや、私もよくは知らぬが」
「うつほふね? 空の舟ですか」
「うむ、神を奉るのだったか、中に封じるのだったか――何の意味もなかったか。別種のものだったかもしれないな」
 長の記憶は曖昧で、少女も、そんなものか、と思うに止まった。
 これは正しくない記憶でもあったのだが、その真偽を調べるにも問うにも、興味が足りなかったのである。
 ただ、その響きの良さだけが、彼女の心に残っていた。
「さて、早く戻らぬと主の妹が心配するぞ」
「それは大変です」
 少女はようやく、少しだけ微笑んだ。








 まだ、山に多くの神が居た頃の話。
 まだ、山に多くの妖が居た頃の話。
 まだ、神や妖が幻想になる前の話。










 何もかもが幻想になる前に、山を捨て去った妖の話。
 捨て去ることに納得できず、捨てられなかった妖の話。
 その種族の中で随一の能力を持ち、随一の妖力を持ち。
 何よりもその心が強すぎるほど強かった、一人の少女の話。













 彼女の名は、古明地さとり。
 この後、姿を消してしまう覚りの、その名を冠した少女。












 これは、彼女がその強さと願い故に、全てを失うお話。



 ただ、それだけのお話。





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