美しい光であった。煌めくような焔であった。
ぼろぼろとその身体が崩れていく中で、王は確かにそれを見た。
金色に輝くそれは、王の肉体を、精神を崩れさせる。
それは圧倒的な破壊と死を呼び寄せるもの。王は知っていた。王はわかっていた。
――だからこそ、王は笑っていた。
王は笑った。笑っていた。あるいは哄笑だった。
心を灼き尽くす喜びに、王は笑っていた。
――見よ、讃えよ。私は最高の娘を得た!
其の最期は、かの種族に相応わしく、劇的で、大仰で――詩的でさえあった。
――私は幸福な男だ。最高の娘達を得ることのできた――!
そして、永遠の静寂が王に訪れた。
――紅の王の最期の光景――
序.
湖の畔に建つ紅い館。その門の前でうとうとと船を漕いでいた美鈴は、近付いてくる気配に顔を上げた。
ずり落ちかけていた帽子を整え、長く紅い髪を風に靡かせて、気配の方に向き直る。
「ああ、いらっしゃいませ」
「お邪魔いたします」
「こんにちは」
館を訪ねてきた二つの姿に、美鈴は相好を崩した。
片や、癖のある髪と、凛とした美しさと聡明さが漂う容貌に、こちらを見透かす第三の瞳を持つ少女。古明地さとり。
片や、ふわりとした髪と、どこかあどけなさと幼さの残る容貌に、固く閉じられた第三の瞳を持つ少女。古明地こいし。
言わずと知れた、地霊殿の主姉妹であった。二、三ヶ月に一度程度の頻度ではあるが、紅魔館に訪ねてくる。
もっとも、妹の方はもっと頻繁にやってきているようだが、姿も気配も見えない相手は美鈴もどこにいるのかわからない。
「本日はお招きありがとうございます」
「その言葉はお嬢様に。それでは、ホールまでご案内いたします」
美鈴はそう、紅魔館の重厚な門を軽々と片手で押し開ける。凄いねえ、と何度も見たことがあるであろうこいしが、小さく呟いた。
「いらっしゃいませ」
エントランスホールでは咲夜が待っていた。一つ丁寧に一礼し、古明地姉妹を迎える。
「こんにちは、お邪魔いたします」
「お邪魔しまーす」
挨拶を返した二人に、咲夜はふわりと一つ微笑み、そして、その微笑みにすまなそうな色を混ぜた。
「申し訳ございませんが、お嬢様はまだ手が空いておりません。先に行って待っていてほしい、とのことです」
「あら、お仕事中でしたか」
「すぐに終わる、とのことですが」
さとりとこいしは顔を見合わせた。
さとりはどうするか反射的に尋ねようとしたのだが、こいしはどうやらさとりの行動を反射しただけのようだった。
妹に対しては何も言わず、ふう、と一つ息をついて、さとりは咲夜に応える。
「わかりました。ですが、ご挨拶もないままでは失礼ですし、お邪魔でなければ私だけでも一言ご挨拶を申し上げておきたいのですが」
「かしこまりました」
咲夜は全く動じず頷いた。怪訝そうな表情をしかけたさとりは、その心を読んで再び嘆息する。
「なるほど、『さとりならそうすると思う』とレミリアさんが仰っていたのですね」
「左様でございます」
咲夜も微かに苦笑に近い表情を浮かべている。それでもそれが不作法に見えないのは、彼女自身のその立ち居振る舞いからだろう。
「美鈴、私はお嬢様のところにご案内するから」
「はい、こいしさんを先にご案内したらいいのですね」
「お願いね」
このあたりのツーカー振りは見事であった。そして、こちらです、とこいしを案内しようとした美鈴に、咲夜の声がかかる。
「ああ、美鈴、後でこちらに来るようにお嬢様から言付けよ」
「え、私何かしたかな……」
「昼寝の咎めとか?」
「ええー……最近は……最近はそんなに寝てませんよ!?」
「どうしてそこで言い淀むのよ」
呆れた咲夜の言葉と、いやあのそのと慌てる美鈴を見て、くすくすとさとりは微笑った。
「……失礼いたしました」
咲夜は謝罪する。同時に、以前と同じことをやってしまったことに気が付いてもいた。軽く額に手を当てた後、小さく息をつく。
「そういうことだから、よろしくね」
「はーい。それではこいしさん、こちらに。妹様が既にお待ちですので」
「フランが?」
ぱっと微笑んだこいしの内情を、美鈴も咲夜も知りはしない。
だから美鈴も、嬉しそうにするこいしを見て嬉しそうに微笑を浮かべた。
「はい。今か今かとお待ちですよ、きっと」
そう、廊下の向こうに歩いていく二人を見送って、咲夜はさとりに道を示した。
「それでは、ご案内いたします」
「はい、よろしくお願いします」
さとりはそう、スケジュールを頭の中で組み立てながら、さとりに対しては全く礼を失わない、考えている素振りさえ見せない咲夜に感心しながら、一つ頷いた。
その手のひらにつかむもの
「そういえば、門番さんとフランは、どうやって出会ったの?」
「ああ。あのときね。美鈴が私の部屋を掃除しに来たときだ」
「懐かしいですね、確か、紅魔館が幻想郷に来てすぐの頃だったはずです」
「いいでしょう、美鈴。あのときのこと」
「……そうですね、お話しいたしましょう」
「じゃあ、フランと魔女さんはどうだったの?」
「私と妹様が出会ったときの話? そう面白くもないと思うけれども」
「懐かしいね、パチュリー」
「……そうね、死ぬかと思ったけれど」
「そうだ、咲夜」
「は、何事でしょうか?」
「さとりに語ってやって。貴女とフランの最初の出会い」
「こいしもこう言ってるし、懐かしいし、いいんじゃない」
「そういうことでしたら」
『ねえ、遊ぼう?』
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